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行 動 記 録
■ 7月31日(月) 曇り

 今年の夏山を南アルプス北岳に決めた理由は、何よりも高山植物が多いこと。高山宿物の本 にも北岳で撮影されている花が多いこと、北岳にしかないという北岳草を見てみたいというと ころから決定した。
 過去には昭和44年(1969 年) に山岳部南アルプス集中夏山合宿のBコ−スとして、北岳〜 間の岳〜農鳥岳の縦走をやっているが、実に20年振りのことである。その間何度か計画しな がら延び延びになっていたのはやはり時間と費用の都合がうまく行かなかったことにあったと思う。 しかし、目的が花の撮影となればここは外せない山であり、魅力の大きな山であるところから、 足を南アルプスに向かわせることとなった。夏期9連休の3日目、夜行寝台急行 "銀河" で出発。
JR富士駅下車が4時23分と早いため、車掌にモ−ニングコ−ルを頼み眠る。

■ 8月1日(火) 雨

 車掌のモ−ニングコ−ルで起こしてもらい、4時23分富士駅に降りる。驚いたことに登山者 は我々二人だけで他に2〜3人の一般客が降りただけ。関西からこの方面に入る登山者がいかに 少ないかがここでもハッキリしていた。おそらく関東の登山者は夜行列車なんぞは使わなくても、 一番列車で事足りるのだろう。小一時間の待ち合わせの後身延線で甲府に向かう。天候は悪くす でに雨も降り始めたが、雨の登山はあまり気にしないでおこう。 身延線の一番列車も次第に 通勤客が増えはじめたころに甲府に到着。改札出口では抜け目なくナイロン傘の販売がにわか出店 で行われている。
勝手が判らず少しもたついていると、タクシ−の客引きのおじさんが「今の列車の登山者はタクシ− で広河原に向かったので次の列車で降りてくる登山者を待つとよい」とのこと。「南はやりにくい」 とぼやいてみたが仕方がない。コンコ−スの喫茶店でモ−ニングセットで朝食とする。通勤列車も 含めて2〜3列車の到着を待ったものの降りてくるのは通勤客ばかり。「関東からも関西からも ここに入るのは中央線経由がほとんどで、バスもタクシ−ももっと早朝に出てしまうらしい。
 我々の列車からは他に登山者が降りなかった訳がやっと理解されてくる。不馴れな南アルプスの 山旅も出鼻をくじかれた感じで、9時発のバスにするしかないと列に加わっていたところ、7〜8人 の登山者が降りてきて相乗り交渉成立、9時にタクシ−2台で広河原に向かう。関東の高校生ワンゲル 部で3人の先生に引率されて白峰三山を縦走する計画らしい。
なつかしいコ−スだ。途中彼らは昼食の購入とかでコンビニ前で停車、我々ものり巻きおにぎりを購入する。
 雨が強くなりタクシ−のワイパ−の動きも次第にせわしくなってくる。ヘヤピンカ−ブが何度かつづき、 やがて夜叉神峠に着いたが視界はない。タクシ−は夜叉神トンネルに入り、ゴツゴツむき出した岩盤の壁 が上高地の釜トンネルを思い出させる。こちらのトンネルは傾斜はなく出口まで一直線。晴れていれば ここを抜け出した途端に展望が開け、北岳・間の岳・農鳥岳の白峰三山が素晴らしい眺望で迎えてくれる のだが今日は残念ながら駄目。帰りの楽しみに残しておこう。
 トンネルを出てからは山腹を緩やかに野呂川へ降りてゆくことになり、10時30分、広河原の バスタ−ミナルに着く。(タクシ−料金9400円/4人=2350円/一人)
 入山届けを出し、雨具をザックのてっぺんにくくり付け、何時でも着用出来るようにして出発した ものの、野呂川にかかる吊り橋を渡った登山口の所でやはり雨具を着込むことになる。計画ではここより 大樺沢をつめて行くことにしていたが、スタ−ト時間があまりにも遅くなってしまったことや、雨の中 での行動を考え尾根道コ−スに変更、今日は白峰お池小屋泊まりと決めて登りはじめる。
 20年前のコ−スであるが殆ど記憶に残っていないがかなりきつい登りであったはずだ。時々むき 出しの根っこに悩まされながらゆっくり登ってゆく。次第に傾斜がきつくなりかなりしんどい。上から 下ってくるパ−ティに出会うが、みんなガクガクする膝をかばうようなしぐさで下ってゆく。 途中 2度の休憩をはさみ、適当に行動食や買ってきたおむすびでカロリ−を補給してゆく。2060mの 等高線づたいにつけられた水平道にかかりホッとする。ここから小屋まではこの水平道を残すのみ、 のんびり散歩気分で足を進めるが、このあたり残念ながら花は少ない。汗と雨で中も外もかなり濡れてきた。 3時間の登りのすえ白峰お池小屋に着く。汗を拭き肌着を替えセ−タを着込むと疲労感も吹っ飛び ビ−ルがひときわうまい。
 雨がやゝ小降りになったようなので外に出てみる。
雲は厚く写真を撮るには条件は良くないが、それでも小屋周辺に咲く薄いピンクのベニバナイチヤクソウ、 花の本にも北岳の大樺沢の奥に群れて咲くと紹介されていたミヤマハナシノブの青紫の花が美しい。
また、フウロソウの仲間の中でも高貴な感じのするタカネグンナイフウロは好きな花のひとつである。
その他イブキトラノオ、コカラマツ、ウラジロナナカマド、タケシマラン、エンレイソウ、クロサワアザミ、 サンカヨウなどを時にはフラッシュを使いながら写してゆく。少し後から登ってきた高校生男女14〜5人 のパ−ティも外に出てきて、引率の3人の先生による高山植物の鑑賞会が開かれ、花の名前をしきりに 教えておられる。この辺りは冬の積雪も多いのだろう。
まだあちこちに雪渓が残り、地形的にも平なところから雪解け水によりちょっとした湿地帯を形成している ところだ。
池の周辺のテント場には12〜3張りのテントが張られ、夕食の準備に忙しいパ−ティや、なかには既に テントの中で宴の始まっているパ−ティなどそれぞれの山の一夜を迎えようとしている。
 夕食後明日の天候の回復を期待しながら眠りに着く。

■ 8月2日(水) 雨

 5時15分起床、残念ながら天候は悪い。小屋の朝食を済ませ6時15分白峰お池小屋を出発する。朝から 雨具を着込んでの山歩きとなってしまった。
大樺沢二股までのトラバ−ス道をカメラを濡らさないように抱え込みながら、途中ハクサンイチゲやコケモモ、 黒ゆり、白い小さな花が群れて咲くホソバツメクサ、ぎざぎざ葉っぱがきれいなクロクモソウなどを撮りながら 進み、二股に6時40分に着く。予想どおり雪渓の視界は悪く少し上の様子はさっぱり確認できない。ここから の雪渓の登りに備え足元をしっかり締めなおす。今回はアイゼンを持参してこなかったが、上部は傾斜もきつい ようだ。スリップしないよう一歩一歩確実に登ってゆこう。今年は大樺沢雪渓の残雪も多く、心配していた クレバスは全く無く安心して谷心を登ってゆくことが出来る。
調べてきたガイドブックによれば、例年だと雪渓上部はズタズタに割れて危険なため、左岸の秋道を辿ると あったがラッキ−であった。その間花たちとも離れての行動となってしまうが仕方がない。途中何度か足を 滑らすが十分心得た雪渓の登り、快適に高度を稼ぎ雪渓末端まで一気に登り草地に入る。二股から約2時間の すえ8時45分、八本歯のコルに着く。
晴れていればここからは北岳の大岸壁 "北岳バットレス" が真近に眺められただろうが今日は全然 駄目。ガスに隠れて何も見えない。ここは主稜の尾根から派生した尾根であるが、それでも風はきつくなり、 沢から吹き上げてくる雨風に備え雨具の裾もしっかり締める。しばらく尾根づたいに登ったのち左手の北岳山荘 へのトラバ−スル−トに入る。
 今回の山行コ−スのなかで、この辺りがもっとも高山植物の豊富なところで、 "日本の高山植物の宝庫”と言われている地帯だけあって花の種類も多く、カメラのシャッタ−の音も 忙しくなる。
 イワカガミ、タカネシオガマ、ウラジロキンバイ、イワベンケイ、オヤマノエンドウ、ミヤマオダマキ などそれぞれが誇らしげに、今が盛りと競って咲いているこの光景はここに立って見なければ判らないし、 説明も舌足らずとなり、花たちにもすまないので止めておこう。
 10時20分、北岳小屋着。雨はほとんど止んだものの、強く冷たい横殴りの風に体温もどんどん奪われてゆく。 小屋に入り有料の熱いお茶を注文し暖を取る。寒さでガクガク震えていた歯もやっと収まり落ちつく。 行動食を口に入れるとさらに元気が出てきたので、さらに足を進め北岳頂上へ向かう。気温は恐らく10℃を 切って7〜8℃くらいまで下がっているものと感じられる。風から受ける体感温度はさらに下がって5〜6℃ くらいることだろう。八本歯の風に比べれば個々は主稜線、さすがに風も強く歩いていないと寒くてしようがない。 途中キタダケヨモギやシコタンソウ、ムカゴユキノシタなど始めてみる高山の花を身体を震わせながら写してゆく。
 12時55分、富士山の次に高い標高3192.4mの北岳頂上に立つ。人も少なく北アルプスにない静かな 落ちついた雰囲気だ。360度の展望も全てガスの中、何も見えず冷たい風が身体に突き刺すように通り過ぎてゆく。 頂上の道標をバックに記念撮影、吹き飛ばされないよう道標で支えての恰好に思わず苦笑い。今夜の泊まりとなる 北岳肩の小屋までの約45分の下りにかかるや直ぐに雷鳥親子の出迎えを受ける。いつ出会っても人なつっこい 歩き方でヒョコヒョコと先導してくれる。
 肩の小屋に近づくと、チシマアマナ、アオノツガザクラ、ハゴロモソウ、ウルップソウ、ミヤマコウゾリナ、 などこれも初めて目にする(いや、今までは見ていても眼に止まらなかっただけのこと)花に寒さも忘れて シャッタ−を押す。先程までの雨で花の先には、弾けんばかりの水玉を抱え込み、重そうに小首を下げた恰好 で咲いている姿がひょうきんでもある。
 13時45分、北岳肩の小屋に着き、案内された2階の一番奥の部屋にはまだ先客はいない。窓から眺める ガスの空も強い風に次第にかき消され、引きちぎられるようにして飛び散っており、そのうち雲の切れ間が望 めるようになる。案外早いテンポで天候が回復しているようだ。
 このことは、16時からのラジオ気象通報で作成した天気図の気圧配置からも確認できた。明日の撮影は 好条件で行えそうだ。ここにしか咲かない植物学的にも価値の大きいというキタダソウも是非撮っておきたい。 しかしキタダケソウの花の時期は既に過ぎており、ここまでは見つけることが出来なかった。小屋で聞いてみると、 やはり時期は過ぎており「小屋の前のお花畑に移植している株しかもう咲いていないよ」とのこと。さっそく 小屋の近くでクロユリなどと一緒に咲いているキタダケソウに出会うことが出来る。白い清楚な感じの花は ハクサンイチゲによく似ており、混ざって咲いているとつい見逃しそうな感じだ。葉っぱの方はオダマキの葉に似ている。
 夕方には南東の方向に薄紅色に色づいた富士山の山頂部分が、ガスの切れ間から覗かせはじめる。西の空のモルゲンロ−ト を期待し、カメラに三脚をセットし、しばらく待ち構えてみたが迫力のない夕焼けに終わる。北の方向に見えはじめた 甲斐駒が岳、仙丈岳を写し寒い外から引き上げる。
 明日の下山コ−スを検討の結果、草滑りと呼ばれる草付き斜面の上部から、大樺沢二股への新しいトラバ−スル−ト をたどり、二股から大樺沢雪渓を下ることに決定。これにより今回の北岳登山のコ−スは8の字形にトレ−スする ことになった。

■ 8月3日(木) うすく晴

 4時丁度に起床、天候はすっかり回復の兆しに気をよくし、もしやご来光が見えるのではと外に出てみる。気温7〜8℃ くらいと思える冷たい風が眠気を覚ましてくれる。雲が厚くご来光は見られないまま朝が明けてしまう。朝食ののち6時15 分小屋を出発。昨日より幾分富士や甲斐駒の姿もハッキリしているがまだ晴れ渡ったという天候ではない。最終日の下山時 に回復することに後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、小太郎尾根の下りにかかる。急なジグザグ道を少し下ると、草滑り の急斜面上部となり、膝のバネを利かしながら下ってゆく。やがて二股への分岐点となり、このまま進めば草滑りを経由し、 お池小屋に出るコ−スで、大半のパ−ティはこのコ−スを たどるが、我々はここから水平道に入り大樺沢二股へと向かう。しばらく進むと梢の合間から昨日雨と濃霧の中を登った 大樺沢雪渓上部が見え隠れしだす。横から眺める雪渓はかなりの傾斜をもって北岳頂上へ突き上げている。
 やっと戻ってきた夏の陽射しに、黒ゆりやタカネシュロソウ、ミヤマハナシノブその他多くの花が存分に光を吸い込み、 見事な色彩で咲いている姿にこちらの足取りも軽やかになる思いだ。やはり太陽は凄い。
 二股で小休止。ここから昨日見れなかった北岳バットレスの大岸壁を見上げることが出来た。誰かロッククライミングを していないか注意深く観察してみたがわからない。あまりにも人影が小さく、岸壁の大きさに見とれるしかなかった。堂々 とした3本の岩稜がしっかりとバットレスを支えている感じがよく見て取れる。
 二股から20分ほど下れば雪渓も切れて無くなりガラガラの谷筋から離れ、左岸に付けられた夏道を下降してゆく。思っ ていたよりこの下りが長く、疲れも溜まってくる。36枚撮りフィルム4本も使い果たし、まだ撮っていないミヤマアカバナ、 ツマトリソウ、黄花ツリフネソウ、緑のハクサンイチゲ、ウバユリなどが現れるが撮影できず残念!
 10時40分広河原着。汗を拭き肌着を替え30分ほど休憩の後、マイクロバスで甲府へ出る。ムッとするような強烈な 暑さに先程までの涼しい世界が懐かしい。

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