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行 動 記 録
■ 8月8日(水) 晴

 今年の山行は出発日が出勤日となり、しかも神戸発20時30分と非常に早い時間であったため、会社を定時に飛び出す予定であったが、なかなか飛び出せず夕刻のラッシュアワ-の交通渋滞の中、イライラしながら帰宅。夕食、入浴をばたばたと済ませ子供たちに留守番をしっかりしてくれるように頼み出する。今回は、季節急行 "リゾ-ト白馬号”の指定券を取っていたので、JR神戸発北陸本線経由大糸線白馬駅まで乗換え無しの直行便となり、乗るまではばたばたしたものの、乗ってしまえばゆったり気分でスタ-トする。

■ 8月9日(木) 曇り夜半から風雨強まる

 どこの山行のときも早朝に着く。4時59分に白馬駅に降りると男子6名のパ-ティがうろうろしていたため、タクシ-の相乗りを交渉し、2台の車で猿倉まで入る。小屋前で持参してきた朝飯弁当を済ませ、小屋に立ち寄り今年の山の様子などの情報を聞く。どうやら予想どおり今年は残雪が少なく、クレバスの発生がひどいらしく、早めに秋道に入ることになりそうだ。今年は会社の別の山行(7月末大杉谷)の世話があったため、何時もの年より1週間ほど遅れての入山となった。その分例年の時期とはまた代わった高山植物の花が見られるかもしれないとの期待を持って歩きはじめる。
白馬尻から見る雪渓はやはり少なく、上部はガスで視界にはないがクレバスでズタズタになっている事が想像できる。
 例年だとこの白馬尻の小屋辺りからアイゼンを付けるが、今年は約20分ほどはガラ場の歩行となり、そこからのアイゼン歩行となる。雪渓に取りつくまでは、登山路のかたわらに咲く高山植物が目を楽しませてくれたが、雪渓に入ってからは黙々と足元を見つめての歩行となる。ところどころで赤ペンキが吹きつけられており、コ-スの案内をしてくれる。クレバスを避け小さなクラックを静かにまたぎながら、まるで眠れる獅子を起こさないような気分でそっと通過してゆく。
 雪渓の登りも約1時間20分で左岸の秋道に入り、再び色々な花たちに迎えられる。薄青い虚無僧の傘のようなソバナ、白い綿棒の先に黄色い花を付けて咲くチョウジギク、鮮やかな紫で特徴のある花弁を膨らませて咲いているハクサントリカブト、高山植物のなかでもひときわ背丈が大きく、淡い黄緑の花がヒヨコの背伸びに似ているところから名付けられたというオオレイジンソウ、背丈が小さくつい見過ごしてしまいそうなタケシマランがつやつやとした赤い身を5、6個きれいに並べて気品よくたたずんでいる。
 途中のねぶかっ原での昼食休憩を予定していたが、雪渓の感じが前回と異なっていたせいか、はっきりせずガラ場での休憩となる。
 この先の小雪渓も雪は残っておらず、村営小屋手前のお花畑に着く。天候はいまひとつハッキリしないが色とりどりの可憐な花々に迎えられ、カメラに収めながら登ってゆく。つい唄を口ずさみそうになるクロユリや、ねぎのような葉をし、花もネギ坊主のような感じのシロウマアサツキ、地味な花だが小さな花が集まりこんもりと傘のような形に咲くタカネイブキボウフウ、この花はひとつの枝からこの傘を10個ほど付け、中心のひときわ大きな傘を形どる群れの小花は白く、それを取り囲む周囲の傘の群れの小花たちはピンクとなり、まるで主従の関係が成り立っているかのような特徴があるらしい。
 さらに、花よりも葉っぱの形に特徴のあるクロクモソウ、夏山パンフレットによく出てくるシナノキンバイ、のこぎり状の葉を四方にだし、とんがり帽子のような形に咲くヨツバシオガマ、その他、今年は例年より若干遅い日程となったため、秋に近づくころに咲くウルップソウも見ることが出来大いに満足する。
 12時15分、村営頂上宿舎着。ここは9年前に宿泊し、感じの良い山小屋であったが、今年はさらに上まで足を伸ばし、頂上手前に建つ白馬山荘に泊まることとし、ここではひとまず大休止。小屋のすぐ下では、鮮やかな紫の花びらをかっと開かせて咲くイワギキョウ、うす緑がかったクリ-ム色のトウヤクリンドウ、それに他の花を寄せつかせずに咲く高山植物の女王コマクサが相手をしてくれる。
 広い尾根道を20分も歩けば白馬山荘。この山小屋の利用者はずいぶん多いのだろう。旧館、本館の他に現在新館を建設中で、来年にはさらに収容人数の大きな北アルプス有数の山小屋になる。
 午後4時のラジオ気象通報で天気図を作成したが、あまり気にしていなかった中型で並の台風11号が発達しながら、東海、中部のコ-スに向かっている様子にいやな予感を抱く。
 夕食を終えたころより一段とガスが濃くなり、急激に風雨も激しさを増してくる。たしかにこちらに向かっているようだ。温度計で外の気温を計ってみれば10℃。この風では体感温度はさらに低く感じることになる。セ-タ-を取り出し着込み、小屋主催のアトラクション「白馬山荘周辺のスライド写真と星座の話」にひとときを過ごし、ビュ-ビュ-と叩きつける風雨の音に「明日は天候悪化による停滞」を予測しながら眠りに着く。

■ 8月10日(金) 暴風雨の大荒れ

 5時30分起床、外ではビュ-ビュ-と大荒れの様子。ラジオの天気予報やニュ-スでは、台風11号は静岡に上陸し、毎時30Kmの速度で北東の方向に進んでおり、中部山岳地方に直進の見込みと報じている。どうもまともに食らうことになってしまったようだ。「仕方ない。今日はここで停滞」と決定。幸いここには無線の公衆電話が設置されているので、家に電話し1日遅れの行動を伝えておく。
 台風は昼頃に長野県前橋辺りを北北西に進んでいるらしい。長い長い停滞の1日が過ぎてゆく。

■ 8月11日(土) 小雨のち曇り

 4時20分起床、5時40分小雨と濃霧で視界のないなか雨具を付けて小屋を出発。台風の中心は既にこの地方を通過、速度を早めて東北地方へ向かっているとの天気予報に行動を開始したが、台風一過という気象からは程遠く、白馬岳頂上では何も見えないガスをバックに1枚パチリ。
 三国境から朝日岳に向かったが、このコ-スは静かなもので、恐らく白馬岳に登った100人中の一人か二人ぐらいが選ぶコ-スのようだ。行き交う登山者も少なく、お花畑の多い魅力に溢れたコ-スと言えよう。雨は降ったり止んだりで回復は遅いようだ。鉢が岳東面の巻き道の両側には多くのお花畑が点在し、タカネマツムシソウ、タカネシオガマ、ハクサンイチゲ、タカネヤハズハハコ等、それぞれの花が精いぱい魅力的に見せようと咲き競っている。高山植物の花が美しいのは、高山であるがゆえに昆虫が少なく、少ない虫たちに少しでも目立ち、受精に協力してもらい子孫を残すために必死に智恵を絞り頑張っている姿がうかがえる。
 9時丁度に雪倉岳頂上に着く。残念ながら再びガスが濃くなり視界をさえぎる。風の当たらないところで一休みを入れながら朝日岳に向かう。人と出会うこともほとんどなく、実に静かなコ-スに加え高山植物の豊富なコ-スでもあり、あせる山旅でもないため存分に、のんびりと写真を撮りながら歩いてゆく。この辺りからはウメバチソウ、ミヤマアケボノソウ、白花ユキクラトウウチソウ、タカネツリガネニンジン、キヌガサソウなどが機嫌良く相手をしてくれる。
 赤男岳西面の巻き道にある水場も休憩なしに通過、やがてのどかなこのコ-スにあっては珍しい大きな岸壁が赤男岳の斜面に現れる。地図で確認するとこれがどうやら「つばめ岩」と呼ばれている岩らしく、周囲の山肌にはアンマッチな堂々とした岸壁である。この辺りは湿地となっており、まばらに点在する池塘の周辺には、ちょっと離れていてはっきりは見えないが白い小粒の花が咲いている。イワツメクサのようにも見えるがイワツメクサは多分湿地は苦手のはずなので別の花であろう。
 湿地帯に設けられた長い木道に導かれながら小桜が原に着く。(11時20分)ここで昼食休憩をとりながらのんびりとしたひと時を過ごす。この先で朝日岳頂上への直登コ-スと西へ進み朝日小屋のある水谷コルへの分岐点となるが、今夜の宿は朝日小屋のため、今日は小屋への直行コ-スをたどろう。
 地図からは2時間足らずのほゞ水平道のような感じでいたが、地図には現れない小さな起伏がつづき、疲れてきた足には結構つらい所だ。視界はかなり遠くまで利くようになったが、雨雲は消える気配はない。この辺りはお花畑が多く点在し、恰好の撮り歩きコ-スだ。大きな葉に合わせるように大輪の白い清楚は花を咲かせるキヌガサソウ、それとは対照的に、大きな葉のわりには小さな花を背伸びでもするように群れて咲いているカニコウモリ、他にも名も知らない花々がそれぞれに我先にと競いながら目立とう目立とうと咲いている様はけなげな思いすら抱かせる。そんな中で異様にすら映る花が、いや葉っぱが目にとまる。まるで白菜のお化けのように成長した葉を幾重にも重ねて70~80Cmにも伸ばした姿からは、つい40~50日前にの早春の雪解けに咲くミズバショウの群落を想像するには、少し時間が必要だ。
 水谷のコルからはその名の通りの平地「朝日平」が開け、今夜のお宿となる赤いとんがり屋根の朝日小屋が迎えてくれる。朝の出発から8時間35分の所要時間となった。地図に示された休憩を含まない所要時間が6時間15分であり、かなりゆっくりしたペ-スであったが、その分多くの写真を撮り、静かな山旅を満喫することが出来たということだ。
 朝日小屋は、「こじんまりとした静かな落ち着きのある非常に感じのよい山小屋」という印象に気を良くし、まだ生木の香りすら残している部屋に案内され落ち着く。どうやら6人部屋に4人の泊まりとなるようだ。
 人が少ないコ-スの山小屋ということもあるが、質素な中にもきちんと管理が行き届いている印象が強く感じ取れ、しかも水が豊富に得られるのだろう、トイレも水洗になっているのには驚いた。
 昨夜の白馬山荘のような収容人数からは程遠い過疎の小屋であり、あの喧騒さは無く、「お食事券」などはもちろん必要無い。
 小屋の外に出て、木で作られた丸テ-ブルで缶ビ-ルを飲みながら、くつろいだ一時を過ごす。16時からのラジオ気象通報に耳を傾け、天気図を作成。気圧配置からは徐々に回復の兆しが伺えるが上空はまだ不安定な状態が残りそうだ。
 一気に空が暗くなり、夕立の襲来となる。凄い勢いで降る中をポンチョを頭から被ってはいるがずぶ濡れになって到着するパ-ティに「ご苦労さん」「お疲れ!」の声がどこからか掛かり、にっこりと安堵の笑顔で答える女の子。・・・登るファイトは戦闘機・・・と、つい山屋の愛唱歌を口ずさんでいた。
 気温12℃。持参したフィルム3本を撮りつくしたため、ここで1本追加購入。明日の撮影に備える。夕食後ははやりの「アトラクション」も無く、本来の静かな山小屋の夜が更けてゆく。これもまたありがたいもてなしと感謝し眠りに着く。
 明日は最後の行程、長年の計画であった蓮華温泉である。雲上の山湯に是非浸かって鋭気を養おう。

■ 8月12日(日) 曇り

 4時20分起床、外に出てみると雲間から月が時々見え隠れしているが、雲は多くこの分だと今日も好天は望めそうにない。暗い中をすでに朝日岳に登っているらしきライトが4~5個ちらちらと見える。
ご来光は望めそうにないので多分早立ちのパ-ティだろう。我々は朝食後5時45分、快適な一夜を過ごさせたいただいた小屋に礼を言い出発。約1時間の登りで朝日岳頂上に着くが何も見えない。
 気温7.8 ℃、視界50m、風弱く曇り、ときどき雲間から日が射すが決して居すわろうとはしないようだ。まあ今回の山行きはこんなもんだろうと諦め先に進む。7時30分、八兵衛平分岐点から蓮華温泉のコ-スに入り、すぐのところにある水場でコ-ヒ-休憩の後五輪坂を下って行くと湿地帯に出て来た。オオシラビソの繁るこの辺りは氷河時代はカ-ルだったところらしいが、その面影は我々にはぴんとこない。ムシトリスミレ、モウセンゴケなどの食中植物が見られ、荒らされていない自然の営みに気も安らぐ。ちょろちょろと流れる雪解け水の脇にカキツバタが列をなして咲いている。こんなに高いところで見るのは初めてであるが確かにカキツバタのようだ。ひょっとするとこの辺りの地肌も温かいのかもしれない。湿地帯のため木道が付けられているが、水平道ではなく下り坂であるうえ、濡れているからよく滑る。何度か尻もちをつきながら花園三角点を9時45分に通過。やがてカモシカさえ嫌うのか、それともカモシカが好んで通ると言うのか、カモシカ坂の急な坂道を膝をがくがくさせながら下ってゆく。背中のザックも下りにはきつい。約30分の急降下で白高地沢の河原に着き昼食 休憩。
 ここに架かる吊り橋はなんとも危なっかしいものだ。恐らく何度も増水の度に流され、仮設されてきたのだろう。結構な水量の川面すれすれに直径15センチぐらいの2本の細い丸木の橋が架けられており、橋の丸木に一歩目の足を掛けるのにちょっとしたテクニックが要求されるような架けかたになっている。要するに非常に不安定なのだ。こんなところで流されては大変、慎重に一人ずつ渡り右岸へ。まだまだ色々な花が迎えてくれるがあいにくフィルムも少ない。花には悪いが厳選しながら写してゆくことにしよう。
 瀬戸川に架かる頑丈な鉄橋を渡れば、兵馬平までの最後の急登が待っていた。疲れた足のこの登りはかなりこたえる。予想以上に急な登りにぶつぶつぼやきながら一歩一歩登ってゆく。それにしてもここはなんと湿気の多い所なのか。今回の山行きで最も汗をかいた所となった。それだけ高度も下がってきたということか。(蓮華温泉付近の高度約1500m)
 喘ぎあえぎ登った後、兵馬平の湿地帯の木道をとぼとぼ進み、14時20分蓮華温泉ロッジに到着する。ここが今回の登山行動の終点であり、とりあえず缶ビ-ルで乾杯!。公衆電話が設置されていたのでここから家に「1日遅れの明日帰宅」の連絡を入れる。台風の影響はさほど無かったらしい。
 何日振りかの入浴、しかも温泉の湯である。温泉の香りを身体中で吸収し、溜まった全身の疲労をゆっくりほぐしてゆく。ひとまず内湯で汗を流し、夕食の後1周徒歩約50分はかかる「蓮華七湯」の散策に出掛ける。最初は道端のすぐ傍の雑木林の中に2~3人も入れば一杯になる小さな湯槽があったが先客で満杯。さらに進み「黄金の湯」を覗くがここも子供を含む6~7人で満杯通過。さらにその奥にある「仙気の湯」に向かう。広々とした地獄谷さながらの赤茶けた地肌から湯煙がたつ横に、大きな湯槽が設けられている「仙気の湯」には若い夫婦らしきカップルの女性も含めて5~人の先客だ。湯槽の大きさから10人くらい入れるもので、我々も入ろうと思っていたが明日の朝の楽しみにとっておこう。さらに上部には、他の湯のような濁りはなく、ハッキリと澄んでいる湯があり誰も入っていない。「ここはいける」と思いきやとても熱くて足も漬けられない熱湯の湯で誰もいない訳が理解できた。スキ-ツア-でここの温泉を使うときは、回りの雪をドボドボ入れてさましてから入ると言うことを聞いたが、その状況がよくわかる。春山スキ-ツア-で来てみたいところだ。
「仙気の湯」は、観光雑誌の秘湯特集などでよく紹介されている山の露天風呂で、古くから登山者やスキ-ヤ-に親しまれている。
 ここまでは定期バスも入っており観光客の方が多く、日が暮れてからでもライトを照らして七湯に向かう温泉客もいるらしい。夜遅くまで外の話し声が聞こえていた。登山客は2割くらいか?。

■ 8月13日(月) 晴

 朝の一番風呂を予定していたが、結局目覚めは明るくなってからの5時を過ぎ七湯に出向く。黄金の湯はパス、やはり仙気の湯がよさそうだ。何人かの先客がいたがこの広さでは気兼ねも要らない。囲いも何もない近くの適当な場所で脱衣し湯槽につかると湯加減も丁度いいあんばい。ここの湯は透明ではなく薄緑がかった牛乳風呂の感じで温度も丁度よい。最後の日になってようやく天候も回復し、湯槽の中からくっきりと雪倉岳の稜線が眺められ、ガスの中を歩いてきたそのコ-スを目で追ってゆく。フィルムを使ってしまっていたのでこの光景が撮れないのが残念。
今回の山行の楽しみの一つであった蓮華温泉「仙気の湯」に入ることもでき、お花畑の多い雪倉・朝日岳の静かなコ-スで多くの高山植物をカメラに収めることもできたことに満足感を味わいつつ帰路につく。

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