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行 動 記 録
■ 7月26日(日) 曇り

ばたばたと出発当日にザックを取り出し装備をほりこみ、行動食や非常食、フィルム、電池等を買い込みマイカ−で、自宅を夜の10時30分に一人で出発する。  今年の夏の気候はかなり不安定な状態がつづいており、沖縄と九州南部を除いてはまだ梅雨が明けておらず、九州地方で活発な前線活動が続いている。東の地方への移動が遅く、停滞気味の様子であるが日本付近の気圧配置もスッキリせず、エルニ−ニョ現象の余波からか太平洋高気圧そのものが現れてこないという異常な状態であり、この分だと梅雨期間最長記録を更新する勢いだそうだ。  ことのついでに先日出勤時のラジオで聞いた話。「エルニ−ニョが強かった反動か、今年の冬はラニ−ニャ現象が発達し、このため今年の冬は雪が多く寒い冬になりそう」とのことであった。雪の多いのは歓迎であるが寒さの厳しいのは程々に願いたいものだ。  阪神高速から名神高速道路に入り快調に走らせ、大津のサ−ビスエリアで一服。時間的にはゆったり行けることもあって適当に休憩を挟みながらのドライブを楽しむ。さすが夜中とあって昼間ほどの賑わいもない。閉店している売店も多くなんとなくサ−ビスエリア自体が半分仮眠状態のようだ。一人旅は気ままなものだが反面退屈でもある。若いカップル、若者グル−プ、家族などに混じってときどき年配の夫婦と思われるカップルもあり、年をとってからの高速ドライブも疲れるだろうな、などちょっと心配やら応援したくなる思いを持ちながら熱いお茶をすする。  20分ほど休憩ののち大津を後に車を進める。日曜日のせいか思っていたより車の数は少ない。養老サ−ビスエリヤからは雨雲が厚くかかり、天候の不安定な今年の夏の兆候がさっそく現れはじめる。  養老サ−ビスエリヤでトイレ休憩をし、スタ−トするころから雨が降りだし不快な天候の中のドライブとなる。  小牧ジャンクションで名神から中央自動車道に入り、さらに少なくなった交通量の快適な走行となる。松川インタ−チェンジまでの最後のサ−ビスエリヤとなる恵那サ−ビスエリヤに入り、夜明けまでの仮眠の後ここで朝食を済ませることとした。仮眠といっても窮屈なマイカ−の中、シ−トを目いっぱい倒しくつろぎの態勢をとるが、この姿勢もそのうち伸ばしきれない足に負担がかかり熟睡は出来そうにない。もぞもぞと姿勢をいろいろ変え方向を微調整しながら、うつらうつらするのが精一杯の仮眠となる。  

■ 7月27日(月) 曇り

やがて空が白みはじめると周りの車の人の動きもやたらと目につきはじめる。食堂で和食風の朝定食の食券を買いカウンタ−に出すとすっかりこちらの動きを予測しているのかタイミング良く差し出され、「おはようございます」「−−−どうも」の一言で今日のスタ−トとなった。 6時5分、恵那SAをスタ−トし、中津川インタ−チェンジを過ぎ恵那山トンネルに入る。  このトンネルの換気設備などの電気設備用配電盤・制御盤は我々三菱電機公共部の納めたものである。高圧受配電設備、コントロ−ルセンタ、中央監視設備、プラントコントロ−ラなど最先端技術の設備が今しっかり稼働し多くのドライバ−の安全な走行をサポ−トしてくれていると思うと、身の引き締まる思いでハンドルを握る手にも気合が入る。「長い!」 追い越し禁止の2車線であるが定期便のトラック野郎の運転とおもわれる車が凄い勢いで トンネル内を飛ばしてゆく。なにをそんなに急ぐのか・・・・。  やっと高速とも別れ松川インタ−チェンジで降りる。さてここからが道不案内であり、街の道路標識が頼りのキョロキョロ運転の始まりである。ときおり手持ちの道路地図には出てこないような新道や、道路標識の表示地名が地図では確認できず、2度車を降りて尋ねることとなったが、なんとか大鹿村の鳥倉林道の入口にたどり着く。  民家の横の狭い路地の急な坂道で始まる鳥倉林道にちょっと戸惑いながら案内の看板を信じて登ってゆく。急な登りではあるがやがて道幅もやや広がってきた林道をくねくねと進む。ブナ、ナラらしき広葉樹の樹林帯をぐんぐん高度を稼ぎながら、するどいカ−ブにハンドルさばきも忙しく進めていると、突然前方の道路に飛び出してすばやく横断してゆく物体が目に入りブレ−キをかけ徐行。なんと大きな雄の鹿である。野性の鹿が昔から多いのか、「大鹿村」地名の由来を知らされたような気がして納得。  次第に林道の高度も高くなってくると水平道気味に進むようになり、途中にある立神パノラマ展望台で一服し、周囲の山並みを目で追ってゆくが、北アルプスと違い馴染みの少ないせいか山容からはさっぱり名前が判らない。視界はよいが天候のほうは決してよくない。ときおり申し訳程度に陽射しがあるが決して回復基調の兆しでは無さそうである。周辺には高山性のマツヨイグサがたくさん咲いており、その合間に名の知らない純白の大きな花も咲き出迎えてくれる。  展望台から少し奥がこの林道の終点になっており、終点地にむけ走っていると左斜め上の視界に非常に濃いピンクのなにかが一瞬写り過ぎる。あまりにも鮮やかな色彩であったため、車を止めゆっくりバックしてみると左手斜面3mほど上に見事なタカネナデシコの大株が咲いている。これほど濃い色合いのナデシコに出会ったことがない。早速カメラを取り出し、3mほど斜面をよじ登り足場を確保し「パシャリ!」 この山行の最初の1枚を収める。  8時50分、林道終点駐車場に着く。約20台分ほどの駐車スペ−スが整地されており、車はすでに3台が駐車している。すぐ後から他に1台が到着し計5台が思い思いの場所に駐車させる格好となる。  いよいよここからは自分の足だけが頼りの世界、山靴に履き替え、山の服装に着替え、ザックの装備を点検し出発準備を済ませる。ここまで装着してきた腰のサポ−ト用の固いコルセットを外し、固い芯材の入った腹巻風サポ−タと交換する。交代要員のいない単独行の運転に腰の具合を気にしていたが、コルセットの効果もあったのか特に問題なし。  9時10分、すぐ後に到着した車の男性(彼も単独行で静岡から来たらしい)と同時に出発する。駐車場から30分ほどは林道の延長道となっていたがやがて本当の終点となる。ここから左手に登山道が付けられており、急な樹林帯の中の山道の始まりとなるがいきなりの急登はやはりこたえる。  この鳥倉林道でかなり高度は稼いだというイメ−ジがあるが、この辺りの標高を地図で確認してみると約1760mくらいであり、上高地より70〜80mほど高いだけであることがわかる。先の道のりが思いやられるが一歩づつあせらず登ってゆこう。  登山道に入るやすぐに色鮮やかなマルバダケブキが目に飛び込んでくる。また、風車のような花びらを平たく咲かせた白く可憐なセンジュガンビ。黄色い花のオタカラコウ、花びらの形に特徴があり、山の精がいればかぶるようなヤマオダマキの花、水色の鈴のような形のソバナ、他にもギボウシ、オトギリソウ、カニコウモリなどがつぎつぎに迎えてくれる。陽射しがなく、写真撮影には決して好条件とは言えないが、彼らをひとつひとつ丁寧にカメラに収め、出迎えに答えて登ってゆくためピッチは遅い。  風が無い! 樹林帯のムンムンする坂道を額から首から背中から出る汗をタオルでぬぐい、持参したうちわが活躍をはじめる。。途中何度かの休憩ののち唯一の水場に着き目一杯口にする。 「冷たい!」流れ落ちる水に手を伸ばしてみる。相当我慢しても冷たくて10数秒もすれば痛さに変わり我慢が出来なくなる。「これが南アルプスの天然水だ!」とどこかのテレビコマ−シャルをつい口ずさんでしまう。  行動食として持参してきた パン、チ−ズかまぼこ、クラッカ−にマヨネ−ズをのせて食べ昼食。5倍程に薄めて飲む濃縮ジュ−スがこの冷水を得て実に心地よく喉に潤う。  最初は張り切っていた静岡の男性は途中で靴擦れが出来たと手当てしていたがかなり遅れているようだ。この辺りは花の種類も変わり、イチヤクソウ、ダイモンジソウ、ゴゼンタチバナ、タケシマラン、クロクモソウなどがちらほらと現れる。ゴゼンタチバナなどはすでに盛りを過ぎており、今年の気候が2週間ほど早く移っていることがここでもうかがい知れる。  12時35分、やっと塩川ル−トからの合流点に到着。ここまでくれば三伏峠まではもうすぐだ。予想してきたよりきつい登りにハ−ハ−言いながら峠への登りに重い足取りを進める。  13時10分、ガスの中に建つ三伏峠の小屋に到着。登山者の少ない静かな小屋のようだ。時間的には少し早いが今日はここまで。背中のザックを降ろし、ちょっと休憩したのち泊まりの申込みを済ませる。1泊2食で7000円。北アルプスより若干安く協定された値段のようだ。大部屋に案内され小さめのふとん1枚分の幅と長さが自分のスペ−スという条件はここでも変わらない。  時間もあることだし予定どおり烏帽子岳方面に散策に出掛ける。小屋からすぐの所に見事なお花畑があり、マツムシソウ、トリカブト、グンナイフウロ、タカネグンナイフウロなどが丁度盛りと咲いている光景に大満足。これらの花は例年だと8月中旬に咲くのだが、天候の不純がラッキ−であった。  ここでしばし足を止めじっくり撮影。烏帽子岳まで行くつもりであったが、途中の花々に時間が取られ、烏帽子岳に足を進めるにつれ花も寂しくなってきたので途中で引き返し、帰路に再びこれらの花の鑑賞に時間をつぶす。  小屋に帰り外に備えつけてある古びた木のテ−ブルに腰を降ろし、夕刻4時から4時15分までのNHKラジオ気象通報・気象庁午後2時発表の正午の気象」を受信しながら、持参した天気図用白地図に書き込んでゆく。例年の夏の太平洋高気圧はなく、当然鯨のしっぽ型の夏の気圧配置など影も形もない。日本列島の周辺はなんと3つの低気圧に囲まれた格好になってしまった。停滞して居座り、北九州方面に大雨をもたらした梅雨前線がやっと動きはじめたが、今度は関西方面をS字状に横断した異様な梅雨前線が、この方面にまで影響を及ぼしそうな気圧配置に不安がよぎる。明日の天気はまず雨となりそう。  案の定、夜8時ころには東海・岐阜の一部に「大雨・洪水警報」が出てしまった。小屋の屋根を叩く雨足も次第に強くなり、ときおりピカッとひかるや大きな音響の雷鳴で、小屋の中で不安げな我々を嘲り笑うかの如く誇らしげに鳴り響かせ、天候の悪化を確実に知らせてきた。まいったなあ・・・・。  中高年3人のおばちゃんパ−ティはラジオも持たずの山行に「雨なんか考えていなかった。明日は駄目ですか?」とのせりふに唖然とさせられる。「大雨洪水警報が近くの地域で発令された」ことを伝え、天気図で大まかな予測の説明は出来るが「自分は明日の朝の天気予報次第で判断する」ことにしていると伝え眠りに就く。  

■ 7月28日(火)

夜半に何度か大きな雷鳴に起こされながらウトウトした夜を過ごし、4時前に起床する。5時30分からのラジオの放送開始に聞き耳を立て、天気予報を待つがなかなか伝えてくれない。そのうちやっと「今日の天気予報」らしき放送となるが、昨日出された「大雨・洪水警報」は出たままである。 「決定!俺は今日ここから下山する」と宣言。なにせこの度は車での単独行である。しかも林道奥深くまで乗り付けての入山であり、このまま警報がつづくような大雨ではどこで土砂崩れが発生し、立ち往生するか判らない。1か所でも崩れれば「それでおしまい、缶詰間違いなし」と思えば、車のせいにしたくはないけれどどうしても慎重な行動にならざるをえない。  早朝の小屋立ちに備え4時半から朝食ができるように準備してくれた小屋のスタッフの皆さんには感謝しながらも、こればかりは仕方ない。朝飯後は少しでも天候の回復を(小やみを)待って下山すべく待機する。他のメンバ−たちはそれぞれ思案のあげく下山に移す者、今日1日小屋で待機し、様子を伺う者、強引に予定のコ−スを向かう積もりだという者、それぞれが複雑な気持ちで恨めしげに空を眺めては見ても色好い返事は返ってきそうにない。  ここで時間を費やしていても意味がないと判断し、雨のなかの下山にそなえた服装に整え、5時30分に小屋を後にする。昨日サウナのような中を登ってきた所を今日はさらに輪をかけての雨中行軍、いやはや今回はついてない。  それでも下りはやはり早い。写真休憩も同じコ−スでは意味がなく、ひたすら下山下山と下ってゆく。若干の風はあるものの焼け石に水の如くに汗が湧き出る。それでも登りのときには気づかなかった花々が目につけば、雨の中も何のそのとカメラを取り出ししゃがみ込む。  7時10分、登山口まで下りホッとする。今からここを登ってゆくというパーティに「ここは曇り空だが峠じゃドシャブリ」と少々大げさに伝えると「エッ!信じられない−−−」と言いながら彼方峠の方向を眺めていたが濃いガスでさっぱり視界のきかない状況から「そうかもね」と納得していた。駐車場からここまでの間にウメバチソウが可憐に咲いていたとか、昨日は気がつかなかったけれど今日は気をつけながら降りてゆこう。  相変わらず厚い雲は山の中腹より上部をすっぽりと覆い隠し、恐らくまだ降りやむこともなく雨が続いているのだろう。左右の道端や、山肌の斜面に気を付けながら下っていたとき、「あった!」右手斜面に土砂崩れ止めのセメント打ちのしてある斜面の中にあって、セメントの打たれていない岩場のそばにウメバチソウが約20輪ほど咲いている。ただし高さが5mほど上であり、カメラアングルが悪くちょっと遠い。アップで撮るには4mほど登らなくてはどうしようもない。ザックを置き身軽にしてからカメラを片手に不安定でごく小さなスタンスに爪先を立てて這い上がり、左手は小さな岩場の膨らみを掴み、右手でカメラを構えての撮影となる。2枚も撮れば直ぐに足場のバランスは崩れ、岩を掴んでいる左手の力が耐えきれず、「これまで」とばかりに半ば滑り落ちるがごとく降りること数回。  しかし何とか見つけられ、カメラに収めることができた満足感に汗と雨にぬれた体も心地よい。午前8時丁度に駐車場に帰着。汗を拭き着替えを済ませれば一段と軽やかになる。  幸いこのあたりからは大雨洪水警報の影響も無さそうだ。この分だとこれから下る鳥倉林道も土砂崩れの心配も無さそうだ。早めに下山を決断して正解だったことを自分に言い聞かせて、車での下山にかかる。途中、花の姿が目に入れば車を止め、時にはカメラを取り出しての休憩を重ね、赤花ツリフネソウ、マツヨイグサなどをカメラに収めながら下降してゆく。  松川インタ−チェンジから中央自動車道に入り帰宅の途に着く。途中小牧から名神高速道路に入ったのち突然激しい雨となり、路面の車線すら見えない。ひたすら先行車のテ−ルランプを頼りに進むが恐らく先行車が車線をはみ出せばこちらもはみ出すことになるだろう。「危険だ!」スピ−ドをそれまでの80Km/hから60Km/hくらいに落としてはみたものの、叩きつけるような雨足の状況下では車線が見えにくいことは変わらない。  しばらく続いた危険状態からやっと開放されると今度は晴れ間が現れ路面をテカテカ照らす。全く不安定なことか。 今年の「高山植物撮り歩きシリ−ズ No.11」は天候には全く裏切られたが、まだ梅雨も明けていない異常な夏を思えば仕方のないことと諦め「塩見岳の登頂は来年以降の楽しみに残しておく」こととし、三伏峠の予想外のお花畑に出会えたことをおみやげに今年の「花の山旅」を終えることとした。  

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