台湾玉山登山旅行記 
中菱会山岳部 春日井誠 
 
 
 11月15日 
 朝、6時15分に大阪の親戚の家を出発。天王寺で関空行きの快速に乗る。朝から車内で缶ビール片手のおやじがいる。さすが、大阪だ。 関空は海の上にあり、列車が海の上を走っており感動した。関空に着き、集合場所へと急ぐ。関空はとても広く、初めてなので、集合場所がよくわからない。案内役の姉ちゃんに聞こうと思ったら、「三菱電機の人ですか」と声をかけられ、ひと安心。登山ザックを背負っていたので、すぐにわかったそうである。搭乗ゲートに向かう途中、免税店で、彼女に頼まれた化粧品を買う。(これは嘘) 
 10時10分発の「日本アジア航空、台北行き」に乗り込む。スッチーは、みんな美人だ。1年前、同僚の結婚式で大分行きの飛行機のスチュワーデスが、ブーだったのを思い出してしまった。 予定より30分遅れで、いざ出発。しばらくすると、窓の向こうに「室戸岬」が見える。飲み物のサービスの後、機内食が配られた。「サーモンか、ステーキどちらにしますか」と聞かれ、「ステーキ」にした。内容はステーキに、ご飯、そば(わさび、のり付き)、サラダ、パン、ショートケーキとバラエテイにとんでいた。隣の台湾人のおっさんが,たばこばかり吸うので苦しかった。 
 2時間30分くらいで、いよいよ台北に到着。小雨が降っていた。入国審査に20分くらいかかり、旅行会社のバスに乗り込む。添乗員は、日本の「阪神航空」の内海さんと、台湾の「東南旅行者」の「そう」さんである。「そう」さんは、日本語もでき、台湾大学出身のエリートである。 
 小雨の中、高速道路に乗り、台北中心街に向かう。高速を降りたとたん、バイク(スクータ)の多さが目に付く。ほとんどがノーヘル。噂には聞いていたが、こんなにバイクが多いとは思わなかった。 台北市内は、「中正記念道」や「龍山寺」などを見学し、夕方6時ころ、本日の宿「統一大飯店(プレジデントホテル)」に着く。すぐに近くのレストランで宴会。中華料理を味わう。日本人向けの味で、とてもおいしかった。宴会の後、若者中心で、名前は忘れたが、「スープ入り肉まん」の店に行くことにした。台湾は、タクシーが安く、台数も多いので、タクシーに乗ってその店に行ったが、私は助手席に座ったため、すごく怖かった。すごい運転で、いつ、ぶつかってもおかしくないような運転であった。市内はかなり渋滞しており、その合間をバイクが次々と通り抜けており、「自分のテクニックでは、台北市内ではバイクには乗れない」と思った。「スープ入り肉まん」はすごくおいしかった。ただ、9人もいて、一人200元(日本円で800円)しか食べなかったので、店員が「注文が少ない」と怒っていた。この日は、ホテルに帰って就寝。 

 11月16日  この日は登山基地の「阿里山(アーリーシャン)」に向かうため、バスでの移動。「嘉義(チャーイー)」まで高速で行き、そこからさらに3時間も山道を行く。チャーイで、南回帰線を越え、昼食。気温はたいへん暖かく、日本の9月上旬くらいである。昼食も、かなり多く出た。 
 「阿里山」は、標高2500メートルくらいの位置にある町で、山道をバスはひたすら走る。途中、日本では完全に通行止めになるような崖崩れの横を何度も通過し、夕方、5時頃、本日の宿泊地「阿里山賓館」に着いた。ホテルの売店の女性がかわいく日本語もできたので、何度も売店に足を運んだ。このホテルの夕食も満腹であった。 

 11月17日  今回の旅行の目的である台湾最高峰「玉山(ユイシャン)」への挑戦だ。天候は晴れ、目指す「玉山」もはっきりと見える。バスで登山口まで行き、今日は標高3400メートルの「排雲山荘」まで登る。国立公園に指定されているだけあって、登山道も整備されており、快適だ。昨日、「玉山」に登って、下山してくる台湾人と何度もすれ違い、「ニーハオ」と挨拶をかわす。「チャイオー(がんばれという意味らしい)」と、励ましてくれる。約5時間半で「拝運山荘」に着いたが、最後は未体験の標高であったので、酸素が薄く、苦しかった。 山荘では、今回、我々のパーテイを引率してくれた4人の山岳ガイドが、夕食を作ってくれ、とてもおいしかった。。(内1人は、女性で日本の剣岳にも登ったそうである。) 
 山小屋では、若い女性がいるにも関わらず、平気で、おやじが「ふるちん」でパンツをはきかえていた。 
 夜、何人かが、高度障害になり、自分も、だんだんと頭が痛くなり、あまり寝れなかった。 

 11月18日  頭の痛さも多少回復し、朝3時に起床。小屋の外に出ると、いままでに見たことのない満天の星空であった。山頂目指して、4時に出発。水平線がうっすらと丸く見え、空を見るたびに、何度も流れ星を見ることができた。 
 6時ちょうど、ついに、3952メートルの「玉山」頂上に立つ。日の出10分前。雲海から、太陽が顔を出すと、皆で「万歳」をした。天候は晴れ。もう、一生ここにはこれないと思い、このすばらしい景色を思い存分目に焼き付ける。15万円払ったかいがあった。今回の参加者30人全員が登頂できた。 下山後は、「嘉義」のホテルに向かった。値段が安い割には、綺麗なホテルで、ケーブルテレビもあり、17chでは、日本のAVが中国語で放送されていた。情けないことに、たまたま、昔、自分がレンタルビデオ店で借りたものが放送されていた。 
 「嘉義」の町は、「台北」などと比べると、下町で、夜は屋台が建ち並び、そこを散策した。ただ、ここも相変わらず、スクーターが多く、とても、歩きずらい。スクーターは、台湾人にとっては、必需品のようである。 

 11月19日 
 台北に戻るが、途中、「日月しょう」という湖に立ち寄る。高速に入り、夕方4時の観光に間に合うようにと、バスは猛スピードでぶっとばす。途中2回ほど、スピード違反(オービス)に捕まったみたいである。添乗員の内海さんが運転手にいくらか渡していた。 
 そのかいもあって、日本の靖国神社みたいなところでの、兵隊さんの交代のシーンを見ることができた。 
 本日は、台湾最後の夜である。登山の疲れをほぐそうと、私は、マッサージをうけた。 
「足つぼマッサージ」は、悲鳴を上げるほどいたかったが、終わった後は、すごくスッキリした。 

 11月20日 
 午前中、「故宮博物館」を見学し、午後の便で台北を後にした。 

また、いつか訪れるであろう台湾。 

おしまい。

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