初めての台湾の山 
菱風会山岳部  勝又 勝二 
 
 
台湾の山々 
 今回の玉山登山に参加するまで、台湾にどんな山があるのか、ほとんど知る機会がなかった。新高山と云う富士山より高い山があることは知っていたが、その山が、現在では玉山と云われていることすら、はっきりと確信もっていなかった。これほど台湾の山を知らなかったが、今回数日間ではあるが雄大な玉山山群に触れ合うことができ、ようやく台湾の山が見えてきた。 
 その意味でも今回の台湾登山は、私にとって貴重な体験となった。 
 一般に台湾は島国で、そんなに高い山があるとは思われていないが、中央部には険しい山岳地帯が広がり3000メートル級の高峰が数多く屹立している。北から南へかけて中央山脈が大きく走り、その西方に雪山山脈、阿里山山脈が連なっている。そして中央山脈から分岐するように玉山山群が立ちはだかり、大きな山脈を作っている。玉山は最高峰の主峰を中心に、北峰、南峰、西峰の5つの峰のうち、西峰の横腹を捲いて排雲山荘へとたどりそこからダイレクトに、頂上の主峰をめざしたことになる。そして無事、全員登頂を果たすことができた。 
 台湾の山で、玉山3952メートルに次ぐ第二の高峰は、雪山3884メートルである。 
第三の高峰は秀姑巒山3805メートル。たしか秀姑巒山は玉山頂上に立ったとき、東峰の奥に遠く望むことができた。 
 話は変わるが、台湾では山脈をシャンマイと発音するようだ。北部に位置する雪山山脈はシュエシャンシャンマイと云う。雪山山脈は真っ白な雪山をイメージする山脈のため、地図を見ていても楽しい。雪山3884m、大雪山3529m、中雪山3172m、小雪山2996mなどが連なり名前の通り雪山一家である。ちなみに小雪山はシャオシュエシャンと云っている。 
 登山中とても気になる山があった。玉山からの眺めでは、南峰のはるか遠くに見えるピラミッドのような山、関山3666メートルである。中央山脈の南部に位置することになるが端整のとれた山容に、一度は訪ねてみたい山と思った。 
加油車の最終地点、上東埔(カミトンポ)から車道を歩き、いよいよ塔々加鞍部(タタカ)から山道となる。玉山への最終基地となる排雲山荘へ向けてキャラバンの開始である。途中幾度となく下山する登山客とすれ違う。すれ違うとき日本では「こんにちは」と声をかけ合うことがあるが、台湾では「好」ニーハオでよいようだ。道を避けてくれたときは、「謝謝」シェーシェーと云っている。中国語に不案内な私でもこのあたりまでは解るが、どうしても理解できない言葉があった。「チャンヨー」と云うかけ声である。(よく聞き取れないが、その時はチャンヨーと私には聞こえた) 
 それは、汗を流しながら登っている我々に向けて、力づけのかけ声であった。何回となく 
           チャンヨー!チャンヨー!を聞いているうちに、それはどうやらガンバレ!の意味に違いないと理解した。他の隊員もそう思った。知ると使いたがるもので、今度は我々が下山中登ってくる登山者に向けてチャンヨー!チャンヨー!とさかんに声援を送った。 
 下山後、ガイドにチャンヨーとはどう云う意味かと聞いたら「加油」と書き、油を加えて燃やすようにガンバレ!のことであると知った。台湾での山の挨拶は、好、謝謝、加油と心得た次第。 

2001年の全場所山岳大会 
 第25回全場所大会は1991年だった。そのときは韓国で一番高い山、漢拏山1950メートルへ登った。第30回は今回で、1996年台湾の最高峰、玉山へ登った。となると5年後、記念回となる第35回は、ちょうど2001年となり、21世紀最初の全場所大会と云うことになる。海外の山は国内に比べ、計画、準備、運営など計り知れないご苦労があり、軽率な発言は許されようもないが、記念大会が韓国、そして台湾と確実にステップを刻んだとするなら次ぎはどこに行くのか。と考えるのは自然であろう。 
 玉山登山が終わったばかりであるが、また全場所の皆さんと一緒になって、海外の山へ登れるよう、2001年に向けて大きく夢を膨らませていきたい。 
最後になりましたが、一緒に頂上を踏むことができた隊員の皆様、玉山登山、ありがとうございました。

 
有菱会山岳部  谷沖 清子 
 
 
 記念すべき初めての海外旅行が、この台湾の旅でした。 
 出発前に台湾は治安が悪いとか、買い物をしてもおつりをくれないとか、さんざん変なことを聞かされて不安一杯の出発でしたが、この旅が楽しかったことは、フィルム7本分の写真に写っている私の笑顔が物語っています。 
 今回の目的である玉山登山は、だれも経験していないことなので、最大の不安事項でしたが、登山道はきちんと整備されていて、日本の山と同じくらい歩きやすかったです。気温も高く、日本の9月位で半袖で歩けました。雪の心配をしていたのがうそみたい。 排雲山荘に着いた頃から、高度障害で頭痛に悩まされました。何かの本で、高山病には甘い物をたべれば良いと書いてあったので、甘いコーヒーやチョコレートを食べていました。でも、寝るのが一番良いと今回思いました。 
 山荘で、ガイドさん達が作ってくださった夕食は、本当においしかったです。あの不自由な状況で、6品のおかずとごはん。レストランにも出せる味でした。 
 雨の上がった後の、夕焼けのロマンチックだったこと。早朝の、降ってくるような満天の星空。そして玉山山頂からみた御来光。360度の大パロナマ。もう二度と見られない光景を、しっかり目に焼き付けました。全員が登頂できてよかった。 
 今回の、楽しみの一つであった食事も、毎回豪華な料理が並び、台北で食べた小龍包、嘉義の屋台、体重が数キロ増えてしまい、帰ってからのダイエットに苦労しました。台湾の文化にも、少しですが触れることができ、建物の規模大きさ、色彩の豊かさに圧倒されました。忠烈祠の、衛兵の交替式は一見の価値がありました。故宮博物館はもっとゆっくり見学したかったです。 
 こうして旅を振り返っていると、思い出が次から次に溢れとてもまとめきれません。今言える事は、もう一度いきたいということでしょうか。 
 せっかく取ったパスポート。出来るだけ有効活用しようと思います。 
 
 
番 外 編
1.初めて物語
海外旅行 今回が初めての海外旅行。
パスポートを取る    紛失、盗難が心配だった。
国際線に乗る 
機内食を食べる
ライス、お肉、サラダ、日本そば、デザートと豊富なメニューだった。ライスを全部食べ、いよいよデザートを食べようとしたが、半分しか食べられない。 
デザート別腹の私には信じられないこと。 
帰りはライスを半分にしてデザートは全部食べた。
税関を通る 入国する時に何かきかれると聞いていたので、 
どきどきしながら待っていたが、パスポートを見られただけだった。
免税店 ブランド物が安いと聞いていたけど、どこが安いの。日本とほとんど同じではと思ったのは、ブランド音痴の私だけかな。
国際電話を架ける 嘉義のホテルでテレホンカードを買い、公衆電話から家に電話をした。テレホンカードの入れ方が日本は縦向きだが、台湾では横向きだった。何回架けても全然架からないと言っていたらボーイさんが、フロントのお姉さんに聞きにいってくれた。
高山病になる 排雲山荘で頭痛に悩むでも、玉山山頂では空気は地上の1/3だったのに、平気で走り回っていた。案外慣れるものだと思った。
自己最高標高 今までの最高は、北岳の3120m。(違ってたらすみません)
2.珍、怪奇編
山荘で心霊体験? 夜、眠っているとき、女の人が上からじっと見ている気配を感じた。高度障害で頭がぼーとしていたし、慣れない小屋に寝ていたことから、そう感じただけかもしれないけれど。   
アイスおまけ コンビニで、シュガーコーンのアイスを買ってお金を払おうとすると、店員さんがもう1個取り出した。お金は1個分だったので黙ってもらってきた。
男性ってHなのね 夜店で買った果物をすこし分けてもらおうと、男性の部屋のある階に行くとドアが開いていて、男性10数人が集まってHビデオを観賞中。まずいところに来てしまった。こんな所に来てまで、そんなもん見なくてもいいだろう。次の日顔を会わせづらかったこと。 
山男、山を降りるとただの男  なのね。
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